新卒で入社した地元ケーブルテレビのブラック企業体験談

新卒入社のケーブルテレビのブラック企業体験談—1年目~3年目— 

こんにちは、シモシです。

この記事では、僕シモシが専門学校を卒業してから入社した、地元で有名なケーブルテレビ会社に勤務していたときのお話しをします。

ちなみに入社した年は2006年4月です。

専門学校時代に情報通信や電波通信、放送系について学んでいたのですが、その知識や資格が活かせると思って入社した会社でした。

しかも、就職活動して1社目で決まった会社。

 

当時の僕は、
「これで僕も、人生勝ち組だーーーーー!!」
「この会社は何があっても定年退職まで辞めないで頑張ろう!!」

なんてことを考えていましたし、実際友だちにも言っていました(苦)

まぁ、このあと地獄を散々みて、精神も肉体もボロッボロの状態になるんですけどね(汗)

 

そんな訳で、僕の勤めていた記念すべきブラック企業1社目について、当時を振り返りながらお話ししていきたいと思います。

 

  • 今ブラック企業に勤めていて、精神的にも肉体的にもボロボロの方
  • 今現在ブラック企業に勤めていて、転職しようか迷っている方
  • ブラック企業に勤めるとどうなってしまうのか知りたい方

 

この様な方々には、参考になる体験談だと思います。

 

 新卒入社で地元有名企業に入ったばかりの時は浮かれていた

先ほども少し触れましたが、入社当時はめちゃくちゃ浮かれていました。

入社した会社は、地元ではほとんどの人が知っている有名なケーブルテレビの会社。地元の小さなケーブルテレビ企業とはいえ、テレビ業界の会社。

とても華やかで活気があるイメージでしたし、当時のこのケーブルテレビ会社も創業以来とても繁栄していた時期でした。

これまで、高校も専門学校も工学系の学校でしたので、女子との関わりが全く無い男だらけの世界で生きてきた当時の僕。

そんな僕にとって、女性社員が全社員の半数近くを占める会社は、とても新鮮で、華やかな気分になっていました。

「この会社で、好きな人ができて付き合って、結婚とかできたらいいなぁ~」とか呑気なこと考えていました(汗)

同期も僕含めて男2人、女2人の計4人。

研修期間中は飲みに行ったり、プチ旅行に行ったり、地元のサッカーチームを応援しに行ったりしていましたね。

そして、2世代前の先輩達7人がとても良く面倒を見てくれて、先輩達とも飲み会に良く行っていました。

「社会人サイコー!!」

なんて当時は思っていました。

 

しかし、、、

 

ここから少しずつ、この幸せな環境は音を立てて壊れていくのでした。。。

 

地元有名企業はどんな感じの会社だったのか?

入社した地元のケーブルテレビ会社はとても地元ではめちゃくちゃ有名な会社でした。

社員数は約60名程の中小企業。

創業した社長がワンマンで経営しており、1代でケーブルテレビ加入者7万世帯を超える実績を出しており、社長は地元で結構有名な人。

僕が入社した2006年時点では、創立30年くらいだったかな。

20代から30代の若い社員が半数くらい居て、活気がある会社でした。

加入者もどんどん増え、事業エリアもどんどん拡大。ケーブルテレビのインターネットや、専門チャンネルが見れるチューナーの契約も増えているという絶好調の時期。

そんな環境の会社だったので、「この会社に入れてラッキー!!」ってな感じで浮かれてましたね。

 

このケーブルテレビ会社の部署は、つぎの様な部署に分かれていました。

総務課

主にお客さんの電話対応や、窓口の受付、お客さんからのクレーム内容を専用のシステムに入力して営業課や技術課に依頼するといった事をしていました。

他にも、お金の管理や、来社された方々への対応などを主に行なっています。

 

営業課

ケーブルテレビ関連のサービスに加入したいというお客さん宅への訪問対応や、電話営業、1件1件訪問しての営業や、来社されたお客さんへの説明などを主に行なっています。

 

技術課(僕が配属されていた部署です)

お客さんからのクレームの訪問対応、ケーブルテレビ設備の点検や故障時の対応などをメインで行なっていました。

他にも、電柱の上に乗っかっているケーブルや設備の点検、電柱が立て替わったり、電柱を移動しないといけない工事(道路を広げる時など)が発生したときの、電柱の上に乗っかっているケーブルや設備の移設工事の計画や発注なども行なっています。

 

広告課

ケーブルテレビのCMに載せるスポンサーとのやりとりや、ケーブルテレビで毎月発行しているガイド誌の作成や、取材などを主に行なっています。

 

報道制作課

ケーブルテレビの自主制作番組の企画、番組の収録、取材、ニュース番組の原稿の作成、放送番組の編集(動画編集)等を主に行なっています。

スポーツや祭りが盛んな時期になると、高校野球の試合、自社で開催している卓球大会、地元の盆踊り、囲碁将棋大会などの生放送のため、現場に行ってカメラでの撮影やスイッチング、実況なども行なっています。

 

通信課

ケーブルインターネットの申し込みがあった方へのモデム取り付け、ネット関連のクレームの訪問対応、来社された方への対応などを行います。

通信課も技術課と同じ様に、ケーブルテレビの設備や施設の点検、保守運用を行なっていました。

 

ケーブルテレビ会社の一日の流れ

次は、ケーブルテレビ会社の一日の流れについて語っていきます。今思い返すと、よくこんなに長時間色んなことさせられて働いていたなぁ~って感心してしまうレベルです。

【ケーブルテレビ会社の1日のスケジュール(技術課配属後)】
AM8:15                    
会社に出社  朝礼前に担当している掃除場所の掃除を行なう

AM9:00
会社の事務所で朝礼、社長の話を聞く

AM9:15
クレーム対応・工事の下見の準備(社用車の準備)

AM9:30-PM12:00
社用車で午前のクレーム訪問対応・工事・下見などを行なう     

クレーム対応では、「テレビの映りが悪い」といったクレームに対しての対応が多い。テレビ裏の配線手直しで治る場合もあれば、天井裏に潜って天井裏配線を手直しする場合もある。

工事の下見は、道路拡張工事などで中部電力の電柱が移動するという場合、移動する場所に合わせてケーブルテレビの幹線を移動させたり、張り替える必要があるので、その下見を行なう。


PM12:00
コンビニ又は外食で昼休憩

PM13:00
社用車で午後のクレーム訪問対応・工事・下見などを行なう       

PM18:00
現場から会社に戻る

PM18:00~PM21:00
会社のデスクでクレーム対応処理内容を記録。
どんな対応をしたのかや、工事費などの事務処理を行なう。

工事下見をした場合は、必要な工事の図面作成や申請書の作成を行い、下請け業者に工事を発注する。

規模が大きな工事の場合、複数社の下請け業者に合い見積もりを取ることもある。

AM21:00~21:30
日報の作成
その日一日にやったことを日報にして社長に提出する

AM21:30
帰宅

僕が配属されていた技術課の主な一日の流れはこんな感じです。

ですが、毎日こんな感じというわけではありませんでしたね。

むしろ、先ほど紹介した一日の流れは、平和な時の場合。

忙しい時期は深夜PM23時くらいまで事務所で書類作ってる時もありますし、突発の雷で電柱の上の機器が故障して、もうじき帰ろうかなと思ったタイミングで急遽、機器の交換で出動しないといけないってこともありました。

ひどい時期は、連日深夜23:00〜0:00まで会社にいる時もありましたねぇ。(今の自分はもうこんなメチャクチャな働き方出来ないッスね)

 

新卒で入った地元有名企業はブラック企業だった!?有名企業の実体

地元の有名企業に就職して浮かれていた僕ですが、務め始めて半年くらい経った辺りで、徐々にこの会社のやばさが見えてきました。

この会社の強烈にヤバかったところは、
ワンマン社長による独裁体制!!

社長が「やれ!」と言ったことには誰も「No」と言えない環境で、全社員次の内容が
義務の様になっていたのです。

全社員に課せられた営業ノルマ

世間一般的には、営業ノルマって営業課が課されるノルマじゃないですか?
しかし、この会社は違います!!

営業課は当然として、総務課、技術課、広告課、報道制作課、通信課全部の課の全社員が営業ノルマを課されます。

そして、ノルマを達成しなかった社員は社長室に呼び出され、社長に怒鳴られながら怒られることになります。

 

会社のイベント行事への強制参加

地域に密着したケーブルテレビ会社というだけあって、会社主催のイベントや地域のイベントが盛りだくさん。

卓球大会、高校野球、盆踊り、選挙など、これらの生中継の手伝いは全社員強制的に参加させられます。

また、年に一度開かれる「お客様感謝デー」と呼ばれるイベントもあります。

イオンモールなどの中に専用のブースを開いて、大抽選会を行ないつつ、開場でケーブルテレビの各種サービスの申し込み受付や、クレーム受付なども行なうというイベントです。

このイベントは3日間行なわれ、会社で2~3人電話番をする人以外は全社員、開場にいって受付やお客さんへの説明対応を行なわなければならないというものでした。

 

残業時間は全てみなし残業扱い(どんなに残業しても残業代は一定額)

残業時間は最初から給与に含まれている「みなし残業制」。

残業時間が少なければ少ないほど従業員はお得という制度なんですが、僕が配属されていた技術課や広告課、報道制作課、通信課はそもそも仕事量がどうしても多くなりがちな部署でした。

比較的早く帰れる日があっても、大体20:00~21:00頃。

忙しい時期になると、帰宅時間が23:00~0:00なんて日もありました。

20:00に帰れる日があると、「今日は早く帰れてよかったぁ~」なんて言っていましたが、過酷な環境に居ると基準値がバグってしまう様ですね。

月の残業時間は平均して75時間~90時間はありましたねぇ。
(今考えると恐ろしい残業時間・・・)

残業が多い月だと120時間~150時間とかありました(怖)

 

休日出勤が当たり前(休日出勤手当無し)

この会社はイベント行事の生中継や、お客様感謝デーの様な自社で開催するイベントも結構多い会社でした。

そして、こういったイベントはどうしても土日に行なう事がほとんど。

休日返上で会社の為にみんな働いていました。

 

また、先ほど「全社員に営業ノルマが課される」というお話ししましたが、この制度に関連した社長のトチ狂った、、、間違えました。

ありがたい制度があり、全員営業というものがありました。

全員営業とは何かというと、「月に一度どこかの日曜日に出勤し、ノルマ達成の為に営業するためだけの日にしましょう」というもの。

平日は各自配属された部署の仕事に追われ営業どころではないので、この全員営業の日に営業に集中してノルマを達成できるようにと設けられた制度です。

 

ホント、ワンマン社長の会社って、今思うと強烈なことばかりですね!

 

とまぁ、控えめに言ってブラック企業というのがこの会社の実態でした。

 

人がどんどん辞めていく・・・。入社3年目からの地獄・・・

同じタイミングで入社した同期とは、研修期間には共に様々な現場に行ったり、飲み会やラウンドワンなどで楽しんだり、時には仕事の事で不安や葛藤を語り合ったり。

苦楽を共にしてきた仲だけあって、他の社員とは違う特別な存在でした。

そんな同期が一人、また一人と辞めてしまい、入社3年目には4人いた同期はあっという間に2人になってしまいました。

また、仲の良かった先輩や、明るくて雰囲気が良かった先輩達も次々と辞めてしまいました。

毎年新卒社員を3人~4人程採用していた会社でしたが、辞める人も毎年同じくらいいたので、社員数が一向に増えない状態でした。

辞める人達は大体若い人達というのもあり、中堅より下の世代が育たないという状況でした。

 

 ケーブルテレビ会社のブラック企業体験談—4年目~退職—

入社したばかりの僕は、良い会社に就職出来たと思って浮かれていました。

しかし、徐々に見えてきた会社の闇。

次々といなくなってしまう仲が良かった人達。

どんどん増える仕事量と責任感。

 

入社したばかりの頃はやる気に満ちあふれ毎日充実した日々を送っていたのですが、この頃になるとやる気はどんどん失せていき、表情も暗くなっていきました。

 

後輩達も狂った人へと変貌・・・精神を蝕むブラック企業の怖い話

入社4年目位の僕は、精神的にも肉体的にも疲弊しかけていました。僕の状態も結構ヤバイ状態でしたが、後輩の女性社員達はもっとヤバイ状態でした。

 

笑顔が消え、目が死んでる後輩社員

入社したばかりの頃は冗談を言ったり、笑顔を見せていた後輩社員。

しかし、後輩社員が入社3年目を迎えた頃には笑顔は全くみなくなりました。

そればかりか、常に目が死んでおり、暗い表情に暗いオーラが全開になっていました。

社員全員で撮った集合写真では、一人だけ明らかに雰囲気が周囲と違っており、心霊写真の様に怖い感じになっていました。

 

ムカつく上司にカッターを投げつけ、お茶に雑巾の絞り汁を入れる後輩社員

こちらの後輩社員もこの会社で狂ってしまいました。

先ほど紹介した後輩社員の様に笑顔が消えることは無かった、、、いや、逆に笑顔が怖かったです(汗)

この後輩社員の部署の部長がかなり嫌味を言い、新入社員を何人も泣かせたり、辞めさせたりしてきた部長だったのですが。

この部長めがけてカッター(刃が出た状態で)投げつけたり、部長に出すお茶の中に汚ったない雑巾の絞り汁を入れて平然とお茶を出したりしていました。

そして、これらの内容の話を笑顔で(目が笑ってない・・・)話していた光景は今でも忘れられないですね。

 

 帰りたいのに帰れない。1日14時間勤務が当たり前の世界線

みなし残業が当たり前の会社で、新しく入ってくる新入社員達も次々と辞めてしまう。そんな状態の会社であったため、仕事量は減ることなく増る一方でした。

また、僕が入社4年目の時は2009年。テレビ業界はアナログ放送からデジタル放送に切り替わるタイミングでもあった為、お客さんからの問い合せも非常に多い時期に差し掛かっていました。

ただでさえ、一日の労働時間が12時間~13時間あったのが、13時間~15時間にまで増える事態に・・・。

帰宅時間は22時~遅いときだと日付が変わってしまう時もありました。

この頃は一日がとてつもなく長く感じており、外回りの仕事が終わって18時くらいに会社に戻って来てから本番みたいなところがありました。

 

 生きていることが辛い・・・。ブラック企業で鬱になる

↑当時友だちと一緒に飲み屋に行った際、疲れが蓄積しまくっていた影響で少し飲んだだけで寝落ちしてしまった。その時の写真。

 

超時間労働と、やってもやっても終わらない仕事の山。

会社で仲の良い人達もほとんど居なくなってしまい、モチベーションも全く上がらない。

家に帰っても晩ご飯を食べ、風呂に入って寝て、また会社に行くだけの生活。

たまにある休日も、疲れ果てて何もやる気が起こらない。

 

こんな状態が長く続いた結果、「生きていてもつまらない」「早く死にたい」ということを常に感じる様になってしまいました。

この頃の僕は、ぼーっとしていて突然涙が流れ、虚無感と絶望感でただただひたすら死にたいなと考えてしまう程追い詰められてました。

家に帰って夜寝ても、早朝4時に目が覚めてしまい、ぼーっとしながらタバコを3~4本吸って寝落ちする。

そして朝7時くらいに目が覚め、絶望感を感じながら鉛のように重い体を何とか動かして会社に向かう・・・。

今思い返すと本当にヤバイ状態でした。

 

 人生狂ったブラック企業の社畜生活で感じた事。

今だから言えるのですが、鬱状態になるまで我慢して働き続けず早めに辞めていれば良かったと感じています。

なにより、“20代の若くて貴重な時間”は、もう二度と取り戻すことができません。

若ければスノボやサーフィンなどの体力を使うスポーツに挑戦したり、お金が掛かるけど海外に行ってみたり。恋人が欲しければあらゆる場面で出逢えるチャンスがあります。

もちろん、何歳からだって色々と挑戦はできますよ!!

 

ですが、スノボやサーフィンなど体力が必要で、怪我をすると重症化しやすい分野は年を重ねると挑戦が難しくなります。

また、結婚して家庭を持っていると”海外に行く”などのお金が掛かったり、家族が「海外行きたくない」「行かないで欲しい」と言われてしまうとなかなか行けなくなってしまいます。

恋愛の場合、若ければそれだけ出逢える場面やイベントが沢山ありますし、需要がありますが、歳をとってしまうと出逢える場面やイベントも激減し、需要も少なくなっていきます。

 

僕はケーブルテレビのブラック企業を約6年9ヶ月勤めていました。退職した時の年齢は27歳。貴重な20代があと2~3年で終わってしまうという時期でした。(ギリギリ20代のうちに転職した感じです(汗))

 

ブラック企業を退職してからは様々な事に挑戦したり、学ぶようになりました。

  • 県外に出て一人暮らしに挑戦
  • 外国人交流パーティに参加して外国人の友だちを作る
  • 登山に挑戦し、富士山登頂に挑戦
  • 彼女が欲しかったので街コンの参加に挑戦
  • 副業や資産形成について学び始める

 

これらの挑戦や学びは今になっても大きく役立っていますし、この挑戦や学びのお陰で人生を切り開けているといっても過言ではありません。

 

ブラック企業に居たままの状態では、時間も心も余裕がなく、精神も肉体もボロボロだったので何もやる気になれなかったですからね。

 

「ブラック企業をもっと早く辞めていれば良かったー!!(叫)」

と後悔しても仕方がないので、

貴重な経験や学びになったな!と思うようにしています!

 

 地元ケーブルテレビのブラック企業体験談 まとめ

「地元の良い企業に就職出来たーーー!!」と大喜びしていた会社は実はブラック企業だった、、、という今回の体験談。

長時間労働、少ない休日、業務過多。

これらの要素が長期的に続いてしまうと、じわじわと心が壊れていき、正常な判断や行動ができなくなってしまうのだなということを身をもって体験したできごとでした。

もっと早く辞めていれば鬱にならなくて済んだのですが、新卒の会社ということもあって、社会人経験や知識がなかったことや、転職に踏み切る決断がなかなかできなかったことが、ズルズルと長くブラック企業に居続ける要因になっていました。

もし、この記事を読んでいる方がブラック企業に勤めていて、心も体もボロボロ・・・ということであれば、まずは自分の心と体を大切にしてください。

転職先を決めてから辞めるというのは、もちろん理想的な転職ですが、心や体が完全に壊れてしまうと治るまでにはめちゃくちゃ時間が掛かってしまいます。

ブラック企業はあなたを守ってはくれません。

「自分を守る」「しっかり休む」というのを常に大切にしつつ、必要であれば病院で診て貰うようにしてくださいね。

あなたを守れるのはあなた自身。

自分を大切にして、自分の人生をじっくり取り戻しましょう!